長岡米百俵の精神を受け継ぎ、
世界を舞台に
指導的役割を果たす人材を育成する学校~
本校は、長岡藩「米百俵」の精神を受け継いだ明治5年の長岡洋学校創設に始まり、今年で153年目を迎える全国でも有数の歴史と伝統を誇る学校です。
長岡高校には3つの伝統精神「剛健質樸(ごうけんしつぼく)「豪爽快活(ごうそうかいかつ)」「和而不同(和して同ぜず)」があります。生徒一人一人が、この伝統精神を受け継ぎ、勉強はもとより、学校行事や部活動に全力で取り組むことで、将来において日本や世界をリードすることのできる、たくましい人となることを目指しています。
このため、本校では文部科学省より「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」の指定を受け、理数科・普通科ともに、本物に触れる機会の充実や国内外の研修などをとおして生徒の視野を拡大するとともに、課題研究などの探究的な学びにより、次代に必要なチャレンジ精神や協働性、創造性、粘り強さ、課題解決力などを身につけるよう、一人一人を支援・指導しています。
長岡高校では、広い地域から様々な資質・能力を持った生徒が集まって切磋琢磨しています。
自分をより高めたいと思っている人に、長岡高校で学んでほしいと切に願います。

県立長岡高等学校長

米百俵と長岡高校
戊辰戦争で焼け野原となった長岡藩は、「どんな苦境にあっても、教育をおろそかにできない」と国漢学校を開設しました。翌年、三根山藩から救援の米百俵が送られましたが、長岡藩の大参事・小林虎三郎は藩士を説得し、その米を売却して国漢学校の書籍や用具の購入費用に充てました。国漢学校の洋学局を基に長岡洋学校が開校し、その流れを汲むのが長岡高校です。

校章の由来
明治36年、かつて長岡藩主であった牧野家の家紋「三葉柏」から選ばれました。
当時は新潟県立長岡中学であったので「中」の字でした。
昭和23年、新制高校として「髙」の字に改められました。